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全国に建立された国分寺

ジャンプ: どうしてここに? 武蔵国分寺? 武蔵国分寺? 武蔵国分寺菓子 雪の国分寺周辺風景
     
     

武蔵国の国分寺がどうしてここ?  ▲top

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全国に建立された国分寺
■■■■武蔵国分寺の建立の歴史■■■■

 西暦741年に聖武天皇の詔により、東大寺を頂点として、全国68箇所に国分寺が建立されました。当時の武蔵國は、北は埼玉、南は神奈川の一部、西は山梨の境、東は千葉の手前と広大なの範囲を占めていました。こんな広いなぜ現在の場所に武蔵国分寺が造営されたのでしょうか?  国分寺の建立地の条件は、中国の神話が用いられました。これは四方の方角を司る、霊獣に関わりがあります。

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国分寺の総本山の東大寺

適合条件として国分寺崖線と武蔵国府、湧水が関わっていました。北には丘を控えて“玄武の神(亀)”、東には湧水が出て“青龍の神(龍)”、西には交通の要所の東山道武蔵路が“白虎(虎)”、多摩川の流域で広がった南には“朱雀(鳳凰)”と神が守ってくれているこの土地は、武蔵国の拠点に条件がかなった『四神相応の地』であったのが理由となりました。 写真ー武蔵国分寺薬師堂

武蔵国分寺  ▲top

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こんな歴史が
あるのじゃよ
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武蔵国分寺の薬師堂

 天平十三年(741年)聖武天皇の勅によって諸国に国分僧寺・尼寺を創建することが命じられ、武蔵国分寺は東西約870m、南北約600mの広大な寺域に金堂、講堂、僧房、中門、七重塔と尼寺が約十年を要して完成したといわれています。承和二年(835年)に落雷で 七重の塔から炎上したといわれています。
 十年後には再建しましたが、元弘三年(1333年)に新田義貞の鎌倉攻めの時、府中分倍河原の合戦で破れた義貞軍の放った火によって焼失したと言われています。

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 江戸時代の社寺保護政策により徐々に復興され、一七三三年に本堂が建立されました。現在の本堂は昭和六十二年に改築されたものです。門前に楼門があり 、境内には薬師堂、文化財保存館、万葉植物園などがあります。
みにこみ国分寺29号より。 各地の国分寺リストはこちらからご覧になれます。
各地の国分寺の紹介記事は、13号「佐渡国分寺」からからご覧になれます。

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武蔵国分寺の本堂と消失した七星塔の模型
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上の地図はクリックで900x300pixに拡大されます。

武蔵国の国分寺の見どころ  ▲top

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左から、お鷹の道、真姿の池、旧本多家長屋門、楼門
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左から、薬師堂、国分尼寺跡、武蔵国分寺史跡公園、七星塔跡
   武蔵国分寺名所案内ツアー はこちらから   

写真で歩く雪の国分寺散歩  ▲top

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写真で歩く雪の国分寺散歩:雪の薬師堂
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写真で歩く雪の国分寺散歩:雪のお鷹の道

写真で歩く雪の国分寺散歩:真姿の池あたりと雪の姿見の池
そのほかの雪景色は西国分寺あたりの雪散歩をご覧ください。

武蔵国分寺に関わるお菓子 ▲top

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