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全国に建立された国分寺

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リンク: 国分寺のお話 国分寺崖線と市内の坂道 国分寺が水源の野川 お鷹の道と湧水 武蔵国分寺ツアー
     
     

武蔵国の国分寺がどうしてここ?  ▲top

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全国に建立された国分寺
■■■■武蔵国分寺の建立の歴史■■■■

 7世紀頃の我が国は、干ばつ・凶作による飢饉や伝染病の流行、内乱が起きたり、地震などの自然災害などで人々の生活と心はすさんでいました。そのような人々の心をしずめ心の拠り所とするため為に、西暦741年に聖武天皇の詔により、東大寺を頂点として、全国68箇所に国分寺が建立されました。
 当時の武蔵國は、北は埼玉、南は神奈川の一部、西は山梨の境、東は千葉の手前と広大なの範囲を占めていました。左下の地図が当時の武蔵國の範囲ですが、武蔵国分寺は中心よりかなり下に位置しています。なぜこんな広域な「武蔵國」エリア(wikipediaより:上が南)の中で、中心ではなく現在の場所に「武蔵国分寺」が造営されたのでしょうか?

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国分寺の総本山の東大寺

 国分寺の建立地の条件は、中国の神話が用いられました。これは四方の方角を司る、霊獣に関わりがあります。

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画像:国分寺市教育委員会より

 四神相応の地に合致した「国分寺」の建立の条件として国分寺崖線と武蔵国府、湧水が関わっていました。
北には丘を控えて“玄武の神(亀)”、東には湧水が出て“青龍の神(龍)”、西には交通の要所の東山道武蔵路が“白虎(虎)”、多摩川の流域で広がった南には“朱雀(鳳凰)”と神が守ってくれているこの土地は、武蔵国の拠点に条件がかないました。

  東京湾の変遷と武蔵国分寺の場所:中世と現代      トップへ

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埋め立て工事が行われる前の中世の東京湾と武蔵国分寺の大まかな場所
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現代の東京湾で埋立地は薄茶色

 上の地図は江戸東京博物館に展示してあった「東京湾の変遷:中世の東京湾 Tokyo Bay during the medieval period」の立体地図を撮影し、主要箇所をトリミングしたものです。
 日本史では中世は鎌倉時代〜室町時代(12〜14世紀位)をさします。地図内の赤いドットは、主な集落で、黄色のドットが当時の城が表示されています。当時の東京湾は、人口増加もない江戸城ができる前で、沿岸の埋め立ては行われていませんでした。また、東京湾に流れ込む河川は現在と違い、蛇行するなど大水が出るたびに形を変えています。武蔵国分寺周辺にも河川が数多く見られ国分寺崖線が出来たのもうなずけます。
 この立体地図を俯瞰で見ていると、武蔵国分寺を建立するのに適した地だったと思われます。左の写真は、現代の東京湾の立体地図で中世の時期とはだいぶ沿岸部の形状が変わっています。薄茶色の場所が埋め立てられた区域と思われます。

 リンク:両国/江戸東京博物館 昔の東京湾:東京湾の変遷 13万年前〜現代

武蔵国分寺  ▲top

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こんな歴史が
あるのじゃよ
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武蔵国分寺の薬師堂

 天平十三年(741年)聖武天皇の勅によって諸国に国分僧寺・尼寺を創建することが命じられ、武蔵国分寺は東西約870m、南北約600mの広大な寺域に金堂、講堂、僧房、中門、七重塔と尼寺が約十年を要して完成したといわれています。承和二年(835年)に落雷で 七重の塔から炎上したといわれています。
 十年後には再建しましたが、元弘三年(1333年)に新田義貞の鎌倉攻めの時、府中分倍河原の合戦で破れた義貞軍の放った火によって焼失したと言われています。

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 江戸時代の社寺保護政策により徐々に復興され、一七三三年に本堂が建立されました。現在の本堂は昭和六十二年に改築されたものです。門前に楼門があり 、境内には薬師堂、文化財保存館、万葉植物園などがあります。
みにこみ国分寺29号より。 各地の国分寺リストはこちらからご覧になれます。
各地の国分寺の紹介記事は、13号「佐渡国分寺」からからご覧になれます。

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武蔵国分寺の本堂と消失した七星塔の模型
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上の地図はクリックで900x300pixに拡大されます。

武蔵国の国分寺の見どころ  ▲top

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左から、お鷹の道、真姿の池、旧本多家長屋門、楼門
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左から、薬師堂、国分尼寺跡、武蔵国分寺史跡公園、七星塔跡
   武蔵国分寺名所案内ツアー はこちらから   

写真で歩く雪の国分寺散歩  ▲top

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写真で歩く雪の国分寺散歩:雪の薬師堂
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写真で歩く雪の国分寺散歩:雪のお鷹の道

写真で歩く雪の国分寺散歩:真姿の池あたりと雪の姿見の池
そのほかの雪景色は西国分寺あたりの雪散歩をご覧ください。

武蔵国分寺に関わるお菓子 ▲top

     
     

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