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野鳥サイト(106種)

野鳥サイト

国分寺周辺の野鳥
国分寺周辺の野鳥

超望遠レンズなどで撮影した、身近な野鳥や、水辺の野鳥などをご覧になれます。

変わってゆく武蔵国分寺公園西側

移 動: 武蔵国分寺公園南西の新しい庁舎 武蔵国分寺公園西に公共機関集合!! 都立多摩図書館が開館 東京都公文書館が開館 国分寺市役所新庁舎 国分寺消防署

リンク: 国分寺市内を流れる野川風景 国分寺崖線と国分寺の坂道 再開発で消えた思い出の景色/国分寺北口 昔の国分寺のまちなみ

     
     
武蔵国分寺公園南西の新しい庁舎

  武蔵国分寺公園西に公共機関集合!!  トップへ

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泉町にある武蔵国分寺公園の南西に新しい庁舎が誕生
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泉町にある武蔵国分寺公園の南西に新しい庁舎が誕生

   都立多摩図書館が開館      トップへ


東京都多摩図書館の北西の風景

 平成29年1月29日に都立多摩図書館(上左地図参照)が国分寺市の泉町に移転・開館しました。場所は国鉄時代に泉町にあった広大な旧鉄道学園跡地の、都立武蔵国分寺公園の西側になります。開館後約2カ月後に出かけてみました。受付で取材に関して問い合わせたところ館内の撮影には制限があり、1階のフロアー部分のみということでした。出来る限り撮影してまいりましたので、掲載を致します。


多摩図書館1階のインフォメーション
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館内入口から入り右(西)方向の画像と、西端からみたインフォメーション側。

   東京都公文書館      トップへ

 東京都公文書館は、都立武蔵国分寺公園の西側に移転してきた「都立多摩図書館」の南側に建設されました。
 施設の特長としては、いわゆるZEB化の実証建築として、外壁の二重化や断熱化、太陽光発電設備など、最新の省エネ・再エネ技術が導入されています。 こうした技術を導入することで、書庫の最適な温湿度管理を行なっています。 また、1階エントランスホールや閲覧室の床や壁面には、多摩産材を使用することで、木のぬくもりを感じることのできる空間となっています。
東京都公文書館オフィシャルサイト
「2020年4月開館! 新・東京都公文書館のご紹介」日本語版 約3分

「東京都公文書館のお知らせ」内容

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東京都公文書館ロゴ
 閲覧は電話による事前予約のみで実施しています。
[ご利用は1回につき1時間まで
   東京都公文書館
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桜の花が咲く時期ですが、建築用フェンスが徐々に外された東京都公文書館は会館までもう少し
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工事用の覆いが外された公文書館の入口と公園の高い位置から見た公文書館の南側。

   国分寺市役所新庁舎      トップへ

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2025年1月には開業がはじまる国分寺市役所新庁舎
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新庁舎の南側と南入口の案内板

   国分寺消防署      トップへ

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一足先に運営が始まった国分寺消防署
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新しい国分寺市役所の東隣と国分寺四小の北には、国分寺消防署ができました

   各館の配置図 トップへ

 画像に写っている道路は、府中街道の西国分寺南の信号から別れる道で、途中で四小方向に向かう、「東山道武蔵路跡」の東側にあたる場所です。長い間空き地であった、国鉄鉄道学園跡地で重量のある列車を引き込んでいたため、分厚いコンクリートの基礎が入っていました。

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3つの公共機関

   付録:都立武蔵国分寺公園のできる前は・・・ トップへ

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中央鉄道学園空撮 北は左(武蔵国分寺資料館所蔵) 毎日グラフに載った当時の逓信住宅の光景

 以前、西国分寺近くには、当時の泉町にあった「国鉄の鉄道学園」と通信と郵便を管轄する逓信省の「逓信住宅」がありました。鉄道学園は、1987年(S62)の国鉄分割民営化で国鉄時代からJRに変わりました。
 国鉄の中央鉄道学園は多喜窪通りの北側の都立武蔵国分寺公園の泉地区となりました。逓信住宅のあった多喜窪通りの南側は、武蔵国分寺公園の「西元地区」となり、この2地区は多喜窪通りを跨る「ふれあいばし」によって南北の地区が繋がれています。
 殿ヶ谷戸庭園は、起伏のある地形の国分寺駅南口(開設前)側にあり、旧三菱財閥の岩崎家の別荘用地として利用されていました。しかし戦後の財閥解体で面積は約現在の1/3の大きさになったとのことです。

 東京府の国分寺村には明治22年(1889)に新宿〜立川間に鉄道が敷かれました。後に川越鉄道(現西武鉄道)との結節もあり、国分寺は盛栄しました。しかし道などは当時の交通事情に適した幅で、交通事情が変わると国分寺は近隣の街に比べ発展は頭打ちになりました。

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公園は災害時の避難場所

 この様に東京の国分寺は、鉄道が古くから通っていたので都心へのアクセスが良い立地でした。そのため古くから住宅などが市全域に渡って広がりました。この様な地域は、防災を含めた広い用地を確保するのが非常に困難です。市内の大きな公園の一部は史跡だったり、他市から借用したりしています。大きな公園は、災害時の広域避難場所としても利用されるのでとても大切な場所です。

武蔵国分寺公園南西の新しい庁舎

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