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東京駅丸の内付近/皇居外苑

移 動: 乾門を一般開放した皇居 皇居外苑の周辺 楠木正成像 皇居外苑の周辺

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   乾門を一般開放した皇居      トップへ

KoukyoGzenzu

 皇居は東京駅の東に位置しています。その東京駅は第二次世界大戦の東京大空襲で焼けてしまい。建築の上部は簡単なもので造られました。大正3年にに開業した当時の重厚なデザインにが、平成24年10月復元され現在は新しい観光スポットとして観光客で賑わっています。
 特にこの日は天皇陛下の傘寿を記念して、春季の皇居乾通りが一般公開されました。丸の内中央エリアから西方向に伸びる行幸通りは、日比谷通りを過ぎると、観光客でぎっしり集まり、二重橋前交差点では人々の渋滞がはじまり警備の警察官が3時間待ちと行っていました。余りの人の多さと待ち時間があまりに長過ぎるので、今回は乾門の一般解放は諦める事にしました。 二重橋前交差点から皇居外苑と丸の内口のスポットを回る事にしました。

   皇居外苑の周辺      トップへ

 江戸城は長禄元年(1457)に太田道灌によって創建されたが、天正十八年(1590)に北条氏が滅亡し、徳川家康が居城をここに決めた。
 依頼、家康、秀忠、家光の三代にわたって西の丸、北の丸の増設や外郭の整備が行われえ度胸の総構が完成した。
 明治維新後江戸城は皇居となり、昭和24年に西の丸下及び現在の皇居を取りまくお壕の地域が「国民公園皇居外苑」として一般に開放され、昭和44年からは北の丸地域が加えられ広く国民に親しまれている。
 この江戸城跡は300年近くにわたる将軍の居所として、また政治の中心としての史的価値がきわめて大きく、その規模はわが国随一のものであることから、昭和38年5月30日に文化財保護法による「特別史跡」に指定された。 環境省皇居外苑管理事務所
(本文現地看板より)


皇居の二重橋前にほ人々が順番を待ち並ぶ姿が。  右ー二重橋前交差点から見た忌む慰問一般開放の人の列

左ー和田倉門の先の皇居のお堀の奥には『桔梗門』がある。 右ー特別史跡 江戸城跡の歴史がひもとかれている

   楠木正成像      トップへ


皇居外苑の馬場先門の付近には楠木正成像があります。

 皇居外苑の南東の一角に、花崗岩の台座に据えられた騎馬姿の武者像が楠木正成の銅像です。この銅像は、別子銅山を開いた住友家が、開山200年の記念として企画し、東京美術学校に依頼し作成し、宮内庁へ献納したもので、高村光雲など東京美術学校の職員らにより当時の技術の粋を集めて作成され、明治33年7月に完成し献納されたものです。 本体の高さは4mあり、台座を加えると約8mになります。また、本体部の重さは、約6.7tと言われています。


この時期奥にある桜が青銅の像を引き立たせてくれています。

   皇居外苑の周辺      トップへ


皇居外苑の案内図。その南側の馬場先門交差点のそばの『馬場先濠』

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