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国分寺駅北口今と昔

リンク: 昔の国分寺駅と北口改札 北口駅前大通りの昔と今 本町二丁目交差点のの昔と今 駅前交差点東側の東栄会

国分寺再開発: 消えた北口の景色 消えた駅前の景色 ブリキの地図 再開発工事2016.3 再開発工事2016.8 再開発工事2017.3 再開発工事2017.5

   平成30年度に完成予定の国分寺駅北口地区最開発事業      トップへ

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2013.9.3開発前の国分寺駅北口階段下に設置された看板より

 上の写真は、2013年9月に解体前の国分寺駅北口入口の階段下に設置された看板にあったものです。この看板には、完成予想図の下には下記の事業スケジュールが記載されていました。

  • 平成24年4月 事業計画変更
  • 平成24年度 権利変換計画承認
  • 平成24年度 解体・除去・整地・架設工事等着手(予定)
  • 平成29年度 再開発ビル完成(予定)
  • 平成30年度 事業完了(予定)
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左の地図は、2017.4.29に東栄会側(東街区)の建設現場の外壁に掲げられていたものので、右の【完成形】はコの右下の一部拡大したものです。ここには完成までの通路の変化が示されていますが、ここには平成29年12月23日〜竣工引渡予定となっています。右の【完成引】の部分には、完成した東街区、西街区の建物の中の通路を表したものです。西街区のビルには駅の通路が真っすぐ北側に伸びています。東街区への通路の他に、現在の東側の駅の入口が残り階段が設置されて東栄会側に出られるように見えます。

   変わる北口の街並      トップへ

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【国分寺駅北口再開発 完成前の国分寺駅北口周辺 2017.4】
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   明治22年から鉄道が通っていた国分寺駅      トップへ

 明治22年(1889)に甲武鉄道の新宿〜立川間の開業とともに国分寺駅は開設されました。当時は、列車は蒸気機関車で、真っ黒な大量の煙を吐きながら走るため当初予定だった府中から猛反対を受け、国分寺村の有志が鉄道の駅の開設に協力したといわれています。
 当時の駅は、新宿、中野、境(現在の武蔵境駅)、国分寺、立川となっていました。その5年後に、現在の西武鉄道国分寺線である前身の川越線が開業しました。この甲武鉄道は明治39年に国鉄になりました。
交通の結節点であった国分寺は、大正9年(1920)には、後の下河原線である東京砂利鉄道が構内に加わりました。 昭和3年には西武多摩湖線が国分寺駅に加わり、中央線・西武国分寺線のホームより1段高い位置に駅が出来開業しました。
 昭和48年(1973)には、広い国分寺駅構内にあった下河原線は、西国分寺を通る武蔵野線開通とともに、下河原線の北府中-東京競馬場前駅行きを廃止しました。
昭和62年(1987)の国鉄分割民営化により、国鉄はJR東日本に変わりました。平成元年(1989)には、南北を狭い跨線橋でつながれた、老朽化した国分寺駅は、役目を終えました。駅ビル、駅舎、南北自由通路が備わった今の国分寺駅が完成しました。

地図をクリックすると拡大されます
  写真:みにこみ国分寺40号P10 国分寺駅にも駅弁があった!?掲載写真より引用  国分寺駅にも駅弁があった!?掲載写真

   昔の国分寺駅と改札口      トップへ

 平成元年(1989)に今の国分寺駅が開業される前の昭和61年(1986)に駅の改良工事がはじまりました。それまで、北口大通りから下がった位置にある国分寺駅は活躍しました。当時はSUICAがありませんでしたので、改札をくぐるのには、定期券か厚紙で出来ている切符を駅員さんにハサミを入れてもらって構内に入場していました。
現在と大きく違う所が、もう一つあります。1985年には、ショルダーホンが発売され、1987年には現在よりは驚く程大きいサイズですが、携帯電話が発売されました。旧国分寺駅の開業時は、携帯電話等は余り普及しておりませんので、駅には伝言板があり、待ち合わせの重要な通信手段になっていました。

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 現在、西武線国分寺線は改札口から降りた位置にありますが、当時は駅に入った改札口の正面にホームがありました。左の写真は、本町二丁目交差点近くにあった田中順成堂の田中丈夫さんが撮影した写真ですが、このように北口の駅舎は低い位置にありました。
 右上の写真は、昭和60年頃の国分寺駅の改札の風景で、SUICA登場まで、駅員さんが改札口で定期の確認、切符のハサミ入れ、切符の回収を行っていました。冬場には改札の中には暖房のための練炭コンロなども使われていました。

資料/みにこみ国分寺8号P3 国分寺 今・昔「昭和60年頃の国分寺駅北口」より引用

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