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光町周辺の見どころ

   新幹線ひかり号の名にちなんだ町      トップへ


明治40年に新橋駅に作られた前身となる「帝国鉄道庁鉄道調査所」が昭和17年に鉄道技術研究所に改称されました。昭和34年(1959)に国立研究所本部の完成に伴いこの地に移転され、昭和61年に「財団法人鉄道総合技術研究所」が設立をされました。翌年 国鉄分割民営化に伴い当法人が継承しました。
当時の新幹線の車両の愛称は公募で選ばれ、速さを象徴した「ひかり」が選ばれました。今まであった「こだま」は音速を表し、「ひかり」はさらに上を行く光速を表しているとのことです。
財)鉄道総合技術研究所のあった地名は当時平兵衛新田でしたが、昭和41年2月1日の町名整理の時に光りプラザに展示してある951形新幹線試験車両ができる少し前に「ひかり号」を開発研究をした鉄道技術研究所にあやかり、「光町」に改称されました。

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   馬頭観音      トップへ

 国分寺は江戸時代の享保年間には新田開発がおこなわれ、 内藤新田、野中新田が造られました。慶応4年には、国分寺村 、恋ヶ窪村、内藤新田、戸倉新田、本多新田の5村は三鷹市地域の品川県に、榎戸新田、野中新田六左衛門組、平兵衛新田、中藤新田、上谷保新田の5村は府中、立川・八王子韮山県に属しました。  昭和41年頃まで、この地は平兵衛新田と呼ばれていました。そのときの農業の手助けとなった農耕馬の供養として観音さまが祀られています。

   平兵衛樹林地      トップへ

  国立駅を北側に伸びる通りを進むと、交差点の手前を右側に折れ、しばらく進むと住宅街の中にポツンとこんもりした木々が目に入ります。道側は小さな公園になって水飲み場、トイレが設備されています。
国分寺二小からおりてくる道は、国分寺崖線(はけ)になっていますが、ここは途中に位置しています。

   観音寺      トップへ

 西町にある真言宗のお寺です。正式名称は福寿山無量聚院観音寺。観音寺は鎌倉後期に建立されたと伝えられています。北条氏滝山城の鬼門を護る寺として現武蔵村山市の地に創建されましたが、江戸中期新田開発に伴い享保年間に現在の地に移築されたと伝えられています。また多摩八十八ヶ所の二十七番札所として、年間を通じて参拝する方もいらっしゃいます。

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