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村山貯水池(多摩湖)  東京都立 狭山公園

   建設の目的      トップへ

 村山下貯水池は、昭和初期の東京の人口増大による水需要をまかなうために築造されました。村山下貯水池の建設時には、百世帯以上に及ぶ地元住民の方が、住みなれた故郷を離れなければなりませんでした。このダムは、地元の方々のご理解・ご協力のもと、完成しました。  その後、戦災に見舞われながらも東京都民の暮らしに欠かせない水源として、水を供給し続けてきました。
 村山下貯水池は、山口貯水池等とともに、小作取水堰及び羽村取水堰から取水し、東村山浄水場及び境浄水場へ導水するために活用している施設です。利根川系の渇水時等には、村山下貯水池から原水連絡管により朝霞浄水場へ送水することが可能であることからも、重要な役割を担う施設です。 (東京都水道局HPより抜粋)

   村山貯水池(多摩湖)のまわり      トップへ


左上−村山下貯水池の地図 右上−村山貯水池の全体 右下-案内図

   村山貯水池の堰堤      トップへ


左−まっすぐ伸びる堤は、2003年から工事が始まり2009年完成。  右−堤の東側の低い位置には狭山公園が広がり、階段で降りることが出来る。
 村山貯水池は奥多摩湖1927年に完成した人造湖です。戦時中にはコンクリートで補強されましたが、耐震補強工事が2003年から始まり、2009年に完成されました。この堤の長さは約318mでまっすぐ続きます。西側には多摩湖が広がり、西の堤の下には「狭山公園」が見下ろせます。有効貯水量は2,983,000 立方メートルと云われています。
 南北に伸びるこの堤は318mとかなり長く、ジョギングする方を良く目にします。

   村山貯水池/2つの取水塔の違い      トップへ

 村山貯水池の狭山公園よりにある2つの給水塔は一見同じように見えますが、よく見ると違いがあります。堤側の第1給水塔は窓の上部の形状に丸みがあります。すぐ判るのは給水塔へつながる橋の塗装が堤側が白なのに対して、奥の給水塔は灰茶色で塗られています。また、建屋の水面に接している部分が手前側がレンガで作られているのに対して奥はタイル張りになっています。観光目的なのでしょうか、手前側の第1給水塔はかなり凝ったデザインで作られています。



左−手前の取水塔の建屋のアップ。入口の上には東京都のマークが見える。右は奥の給水塔でデザインが実用的です。


左−手前の取水塔の屋根部分のアップで避雷針に飾り。右は別日撮影で角度と色が左と違っています。

狭山公園はこちらからご覧になれます。

   村山貯水池/2つの取水塔と西武ドーム      トップへ

 村山貯水池の堤の南側には、このように取水塔が2つ見えますが、この多摩湖の西の対岸には「西武ドーム」の白いドームが見えます。


左−手前の取水塔の屋根部分のアップで避雷針に飾り。右は別日撮影で角度と色が左と違っています。

狭山公園はこちらからご覧になれます。

   村山貯水池の歴史      トップへ


左−村山貯水池の概要と歴史/年表のパネル  右−村山貯水池の概要と歴史のパネル


左−堤体強化工事についてのパネル  右−村山貯水池の概要と歴史/構造

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