特別展「日本の航空技術100年」の零戦

日本の航空技術100年
1.来歴
同機の正式名称は「海軍零式(れいしき)艦上戦闘機五二型」で、1944(昭和19年)6月にサイパン島で米国海兵隊によって無傷の状態で捕獲されました。その後民間に払い下げられ、1957(同32)年にPLANES OF FRAMEの創設者が引き取り現在に至っています。栄二一型エンジンをはじめ多くの部品がオリジナルそのまま飛行可能な世界唯一の機体です。
2.零戦の概要
1)開発の経緯
海軍式艦上戦闘機は戦前の日本の航空技術を象徴する機体の一つです。
1937(昭和12)年、日本海軍は九六式艦上戦闘機の成功を受けかつ日中戦争での経験を踏まえて後継戦闘機の試作を航空機メーカーに命じました。1936(同14)年初飛行に成功し、翼年7月には正式採用となりました。
2)機体設計上の特徴
同機の設計者である堀越二郎・三菱航空機技師は郡の高い性能要求及びパイロットの希望(艦上戦闘機は軽快性を最優先する)に応えるべく以下のように機体を設計しました。
①低い馬力のエンジンで高い軽快性の実現するための機体の軽量化の工夫
・部材の強度規定を見直して不要部分を削り重量を軽減化した。
・主翼を1枚に作り中央翼と外翼との間の大きくて重い結合器具をなくした。
・主翼のケタに「超々ジュラルミンESDT」を採用し約30kgの軽減を目指した。
②空気抵抗の軽減と優れた操縦安定性を目指した空力設計面での特徴
・20mm銃の命中率を高めるため、胴体を少し長めにし、後方視界をよくするために、丈の高い突出型風防とした。
・風圧中心の移動が少ないという特徴を持った翼型を採用した。
・旋回性能と離着陸速度の要求に応えるため、翼面荷重を低くした。
・引き込み脚、沈頭鋲を採用し空気抵抗を軽減した。
③プロペラの工夫
速度に応じて常に許容回転数一杯で運転するように、プロペラのピッチを自動的に変える定回転プロペラを採用した。
④世界の戦闘機の水準をはるかに超える航続距離を実現 機体の外側に取り付ける流線型落下タンクを採用し、計画航続距離の半分をまかなえるようにした。
⑤戦闘機としては高い攻撃力を装備
強力な20mm銃x2を翼内に装備した。
同機で用いられた徹底的な重量軽減は軽快な運動性能をもたらした反面、機体強度上の問題から急降下制限速度が欧米機よりも低く設けられる結果ともなりました。また防弾対策が施されなかったことも弱点となりました。
3)実用化後の改良と生産機数
同機はエンジンの換装や武装の強化等の改良を加えながら、三菱航空機と中島飛行機で日本の航空機史上最高の10,500機が生産されました。展示機である五二型は1943(同18)年に開発されました。
【海軍式零式艦上戦闘機五二型の諸元】
全幅 11.0m
全長 9.1m
最大速度 564.9km/h
航続距離 1,920km
エンジン 栄二一式空冷複列星形14気筒1,100馬力
搭乗員 1名
武装 胴体内7.7mm銃x2、翼内20mmx2

資料/特別展「日本の航空技術100年」で展示する零戦について